「老後ひとり暮らし」心を病む人病まない人の差 自分の思うままに生きる「スナフキン」に学ぶ

誰にも干渉されない老後のひとり暮らしを謳歌している人はたくさんいます。しかし中には、定年退職で職場という居場所を離れたり、長く連れ添った配偶者に先立たれたりして、喪失感を抱えてしまう人も少なくないでしょう。とはいえ、新しい人間関係を築くのも億劫なもの。
孤独も悪くないけれども、孤立してしまうことにはリスクがある。そう語るのは生前整理や遺品整理で何千軒というひとり暮らしの家を見てきた山村秀炯さん。近著『老後ひとり暮らしの壁』の中から、一部を抜粋・再編集して紹介します。

孤独と孤立は違う

『ムーミン』シリーズに登場するスナフキンをご存知でしょうか。彼は孤独を愛しています。他人に干渉されることなく、自分の思うままに生きる。おひとりさまの達人です。

スナフキンのようなキャラクターは、他の作品でもときおり見られます。孤独というのは人によっては価値のあるもので、彼らに憧れたり共感したりする人も少なくないということでしょう。

たしかに、人間関係はときに大きなストレスの原因になります。

私の友人の阿久津さん(仮名)も60歳を過ぎてから「お互いに気を遣うくらいなら」と離婚しました。

ただし、注意しなければならないことがあります。孤独と孤立は違うということです。孤独は〝感覚〞であり、孤立は他者と切り離された〝状態〞です。

スナフキンは孤独が好きですが、友人であるムーミン一家との関わりは描かれています。阿久津さんもゴルフ仲間や私のような友人がたくさんいます。彼らはひとりの時間を大切にしながらも、決して孤立はしていないのです。

フランスの作家バルザックは「孤独は良いものだと認めざるを得ない。しかし、孤独は良いものだと話し合える相手がいることも、一つの喜びだ」と書いています。

実は、日本は社会的孤立に陥りやすい国です。過去に行われた調査では、OECD諸国の中で、人付き合いが滅多にないと答えた人の割合がもっとも多かったのが日本でした(「Society at a Glance」2005年)。

これは、人との関わりがなくてもある程度は生活できるという、日本社会の成熟を示しているのかもしれません。

しかし歳をとれば、話し相手や相談相手、身元を保証してくれる人、日常生活の世話や介護を頼める人、死後の手続きを頼める人など、セーフティネットとして必要な人間関係というのが出てきます。

おひとりさまには「人に頼りたくない」「迷惑をかけたくない」と言う方が多いのですが、できないことは人にやってもらって当然ではないでしょうか。ただし、自分ができることを積極的に人にも提供する。それが共同体を支える相互扶助だと理解できます。

自立することは孤立することではありません。

居場所を失ったおひとりさまが抱える深刻な問題

佐々木さん(仮名)は、腰痛と気分の低下で精神科医・江越正敏先生のクリニックを受診してきた50代の男性です。

メディアのクリエイターとしてバリバリ働く、いわゆる独身貴族。未婚ですが、いつも年下の彼女を連れて歩いていました。

しかし、あるとき突然、総務部へ異動になってしまいます。それから腰痛が悪化して布団から起き上がることもできなくなり、休職せざるを得なくなりました。

佐々木さんの問題は、自分の居場所を失ってしまったことです。佐々木さんはクリエイティブな仕事が大好きで、誇りをもって働いていました。ところが総務部に異動になり、相当にショックだったようです。彼は異動を「左遷された」と感じていました。その結果、うつ病を発症してしまったのです。しかし、本人はそれを認めていませんから、腰痛というかたちで身体症状として現れていたのです。

佐々木さんが興味深いのは、彼女がいても十分に所属欲求を満たせていないこと。それまであった居場所が奪われた喪失の痛みは、それだけ強いものなのでしょう。

さて、この状態から抜け出すには、どうすればいいのでしょうか?

佐々木さんは、もう一度クリエイティブな制作現場で働きたいと、転職を考えていました。芸能人と一緒にモノ作りをしてこそ自分だ、というアイデンティティをなかなか手放すことができなかったからです。

しかし転職だけでは根本的な解決にならないかもしれません。新しい職場では立場も変わるでしょうし、以前と同じ手応えを得られるかも不明です。そして職場というコミュニティはいずれ定年になれば外されてしまうため、老後の安定した所属先にはなりにくいところがあります。

ですから、将来のことも見据えて、別のコミュニティにも所属して、徐々にアイデンティティを変化させていくことが必要です。

おひとりさまが心の壁を越えるために必要なのは、自分はここにいてもいい、と所属欲求を満たすことができる場所です。

ちょうどいい距離感の人間関係の作り方

おひとりさまが所属するコミュニティを探すときの条件はたったひとつ……居心地がいいことです。

それさえ満たしていれば、どんなものでもかまいません。

その場所を自分自身が好きであるかどうか、居心地がよいかどうかを重視してください。家族でも仕事でもないのに、イヤイヤ人間関係を築くことほどストレスになることはありません。

では具体的にどんなやり方があるか、いくつかヒントを紹介します。

・近い友人、知人を大切にする

人がもっとも孤独を感じるのは、どんなときだと思いますか?

ある研究では「言葉の通じない知らない町をひとりで歩いているとき」だとされています。

部屋にひとりでいるよりも、知り合いのいないパーティに放り込まれて手持ち無沙汰にしているときのほうが、強い疎外感を感じますよね。つながっている他者と、たったひとりの自分を比べてしまうからでしょう。

新しいコミュニティに飛び込んでいくのもいいことですが、その前に、いま周りにある友人・知人関係を見直してみて、関係が途切れないようにすることをおすすめします。

特に年代の近い友人や知人は貴重な存在です。結局、なんでも話せて信頼できる人は、同年代の友人や、付き合いの長い知人だったりするものです。

子どもは、世代も違えば価値観も異なるので、意外と理解し合えないことがあります。親のプライドのようなものがちらついてしまう人もいるでしょう。

江越先生もこう言っています。

「最終的に患者さんの心を治療するのは時間。でもそのときに、一緒に食事をしたり励ましたりしてくれる友人がいれば、居場所が感じられて治りが早くなります」

ひっそりと胸に抱えた思いを誰かに聞いてほしいとき、本当にありがたいのは隣で「そうだよな」とお茶やお酒に付き合ってくれる友達なのです。

・無理しなくていい

新しいコミュニティに飛び込んだり、そこで人間関係を築いたりするのは、なかなかエネルギーがいります。馴染めなかったら嫌だとか、通うのが面倒だと、つい躊躇してしまう人もいるでしょう。

加えてありがちなのが「いまさらダメな自分を見られるのが嫌だ」ということ。例えば新しい習い事を始めたとき、周りよりも下手な自分に耐えられないわけです。比較的、男性に多い傾向かもしれません。

新しい習い事で最初は下手なのは当たり前ですが、劣等感が強いと通い続けるのが難しくなります。ある程度は認められなければ、そのコミュニティに安心感を抱くことができないのです。

義務感を抱く必要はない

新しい人付き合いが苦手な人にお伝えしたいのは、無理しなくていいということ。

義務感を抱く必要などありません。嫌なら抜ければいいのです。

誰しも、変化には少なからずストレスを感じるものです。気が合う人も、合わない人もいます。そういうものです。

おひとりさまは誰にも指図されないのがいいところ。参加してみてダメならやめても、気に病む必要はありません。

コミュニティの居心地は、入ってみないとわからないものです。継続する固い決意よりも、気軽に出入りできる緩さのほうが、大事ではないでしょうか。

そのうえで、習い事よりもハードルが低そうなのが趣味のサークルです。

自分が本当に好きで、お金や時間を注ぎ込める趣味があるのであれば、そちらで人間関係を作ってみましょう。趣味の仲間とは話も合いやすいうえに、利害関係がまったくないので、長期的な友人には最適です。

もうひとつおすすめなのが、ボランティアなどの社会奉仕活動に参加することです。

社会奉仕活動は、常に人手を欲しがっていますから誰でも歓迎されますし、自他ともに社会の役に立っているという感覚が得られやすいので、承認も受け取りやすくなります。困っている人を助けて自分も幸せになるのであれば一石二鳥です。

わざわざボランティア団体を探さなくても、住んでいる地域の自治会や町内会の活動に参加すると、40代や50代でも若手の人手として大歓迎されます。

特に定年後の男性に対しては、地域のボランティアの担い手として期待されている部分もあるので、地域包括支援センターなどに声をかければすぐに紹介してもらえるでしょう。

ネット上のつながりも居場所になる

・オンラインをうまく使う

どうしても対面での人付き合いが苦手であれば、いまはオンラインという手もあります。

70代でX(旧ツイッター)を始めた「ミゾイキクコさん」や「大崎博子さん」をご存知でしょうか? 10万人、20万人というフォロワーを抱え、本の出版までしているスーパーシニアです。

実はユーチューブやインスタグラムを使いこなすシニアもいます。

使い方を覚えないといけないですし、最初はひとりでコツコツ続けるだけになるので、使いこなすのは簡単ではないでしょう。ただ、やってみるだけなら黙々とひとりで取り組めるので、向いている人もいるはずです。

ネット上のつながりであろうと、誰かが見てくれていたり、ときにはメッセージをくれたりすることで、意外とたしかな居場所になります。それに、新しいことへの挑戦は刺激に満ちていて、認知症の予防や生きる活力になったりもするでしょう。

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